⑩行商をはじめる

⑩行商をはじめる

 独立しようと退職したのはいいですが急にお給料が入ってくることがなくなりオカメサブレのオンラインストアの売上もまだ数万円でした。このままでは貯金も退職金もどんどん減る一方なのは想像できたので私はオカメサブレを毎日どこかで販売して少しでも稼ごうと思いました。わたしは行動が大胆なことがあるため何か深い考えがあるように見えて別にない、というタイプの人間なのであっさり天気の良い日に自転車にばんじゅうをくくりつけてオカメサブレを荷台に積んで行商をはじめました。行商とは人力で移動できる販売スタイルのことです。駅前で桃とか売ってる人がいちおう車輪のついたリヤカーみたいの使ってるのもそういうことなんじゃないかと思います。行商は許可制ではなく届出という扱いですので行商届を出しました。春の川原です。桜の花が満開になる直前のだれだって不機嫌ではいられないような昼下がりでした。自転車を降りてたいして場所も選ばずなんかとつぜん店を始めました。ばんじゅうにオカメサブレを並べてるとき通りかかったおばあちゃんに「なにか売ってるの?」と話しかけられて「はい、お菓子屋なんですが店舗がないので自転車のお店をはじめました」と言いました。おばあちゃんがオカメサブレを3枚買ってくれました。ポシェットにジップロックを短く切ったものを入れててそこにお金を入れました。イベント出店の頃からレジはiPhoneに入れたAirレジを使っていましたのでクレジットカードでもQRコード決済でもだいじょうぶでしたが、おつりは1万円札の人がいても困らないようにお札9千円分、後は硬貨で千円分と決めて用意していました。光のどけき春の日効果でオカメサブレはそのあとも何人かの人に買っていただけました。自分で作ったものを自分で売り歩いてお金を稼ぐことができるというのはあたりまえのようでいて大発見でした。仕事は辞めてしまったがなんとかなるだろうと思えました。アルバイトをして一時的にしのいでもオカメサブレの仕事に関してなにも積み上がっていきませんが、たとえ数百円だったとしてもオカメサブレを販売することで得た売上やお客さまとの出会いはこれからの事業に積み上がっていくと考えるようになり収入に対する考え方も少しだけ変化したのを感じました。ここからはほぼ毎日自転車にオカメサブレを積んで行商の日々をつづけました。最初のお客さまになってくれたおばあちゃんにはその後一度だけ会えて「さがしてたのよー孫が気に入って」と言われました。

 

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